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大阪大学・湯川秀樹ノーベル賞問題-研究なんて税金の無駄!

 大阪大学のノーベル賞受賞者は2名である。

大阪大学 ノーベル賞
部門 受賞年 受賞者 経歴
物理学賞 1949 湯川秀樹 講、准
生理学・医学賞 2018 本庶佑

日本大学ランキングでは、論文博士は経歴に含めてはいないが、2019年に化学賞を受賞された吉野彰さんも含めるなら、大阪大学のノーベル賞受賞者は3名ということになる。

大阪大学のノーベル賞がなかったことにされている問題

 研究が評価されてノーベル賞が授与されたというのに、日本には学歴大好き人間が本当に多いようだ。

「湯川秀樹は一時期大阪大学で教鞭を執っていたこともあるが、阪大出身のノーベル賞受賞者はゼロだ。大阪大学と九州大学はノーベル賞ゼロだ!ゼロ!このバカ大学めがっ!

なぜ、後半部分を強調するのだろうか。前半部分があるのは、「私は物事を客観的に見ることができるんです。あんたらとは違うんです」という、自分の言葉に説得力を持たせようとする布石のつもりだろうか。

 とにかく大阪大学のノーベル賞をなかったことにしたい勢力が強いように思えて私はならない。

monkuchushin.hatenablog.com

日本初のノーベル賞は大阪大学のもの

 まず、事実関係を客観的に確認しておこう。

 大阪大学の前身、大阪帝国大学は1931年に設立された。物理学の巨人、初代総長の長岡半太郎さんは、理学部の創設にあたって日本中から新進気鋭の研究者を招聘した。

阪大を日本一の大学にする為教授陣には私の力の限り新鋭をすぐって集まっていただいた。そして研究第一主義、殊に産業科学の研究に力を入れる機運を作った

 今は志半ばだが、阪大を日本一の大学にすべく招かれた研究者の一人が当時京都帝国大学で講師をされていた湯川秀樹さんであった。1933年の赴任当初は京大の講師と兼任であったが、1934年に阪大の専任講師となる。

湯川秀樹

湯川秀樹

写真提供:大阪大学湯川記念室

 ノーベル物理学賞の受賞理由となった「中間子論」は、大阪大学で誕生したものである。湯川さんは、1934年11月、後にノーベル物理学賞の受賞論文となる'On the Interaction of Elementary Particles. 1.'を書きあげ、論文は1935年'Proceedings of the Physico-Mathematical Society of Japan.'に公刊された。

 論文の最後をちゃんと見よう。大阪大学のノーベル賞をなかったことにしようとする人たちは、

'Department of Physics,
Osaka Imperial University.'

が読めないのだろうか。ん?そんなにむずかしいかな。それとも'Osaka'という文字列には、私にしか見えない何か特殊な魔法でもかけられているのだろうか。

 着想、理論構築、学会発表までわずか1ヶ月半という驚きの早さだったようで、京都大学は全然関係ない。「教鞭を執った」って、あたかも「ちょろっと阪大で授業やっただけ」かのような言い方だが、日本初のノーベル賞は大阪大学のものだということに議論の余地はない。

湯川秀樹 略歴
年齢 略歴
1907年 0歳 1月23日、東京に生誕
1929年 22歳 京都帝国大学理学部物理学科卒業
1929年 22歳 京都帝国大学理学部副手
1932年 25歳 京都帝国大学理学部講師(1933年まで)
1933年 26歳 大阪帝国大学理学部講師(兼任)
1934年 27歳 大阪帝国大学理学部講師(専任)
中間子論発表
1936年 29歳 大阪帝国大学理学部助教授(現 准教授)
1938年 31歳 大阪帝国大学理学博士取得
1939年 32歳 京都帝国大学理学部教授
1949年 42歳 ノーベル物理学賞受賞
1950年 43歳 大阪大学名誉教授
1970年 63歳 京都大学定年退官・名誉教授
1981年 74歳 9月8日、京都で永眠

 湯川さんは1936年に助教授、現在で言う准教授に就任され、1938年に大阪帝国大学から理学博士の学位が授与された。京都帝国大学へ移籍されたのは、1939年のことである。

 湯川さんの大阪帝国大学在籍期間は6年間と短く、京都帝国大学時代の方が長いので、京大のイメージが強いのは理解できる。しかし、それによって阪大のノーベル賞がなかったことになる理屈なんて存在するはずなかろう。普通に考えろよ。

大阪帝国大学に提出された湯川秀樹の博士学位論文

大阪帝国大学に提出された湯川秀樹の博士学位論文

写真提供:大阪大学湯川記念室

主論文と参考論文9編の計10編。

研究はやめよう!

 大学は研究者に給料を支払って、研究環境を提供して、研究をしてもらう。大学に所属する研究者の成果がその大学の成果だからだ。超当たり前の話である。そして、その予算には多額の税金が使われている。将来有望な研究者を大学に招いて、それによって生まれた理論にノーベル賞が授与されたというのに、もしも、それをなかったことにできる理屈が存在するのなら、研究なんて税金の無駄である。違うかな。

 いっそ、日本の大学は留学予備校にでも転換すべきだ。見込みのない学生には適当に学位をあげて、見込みのある学生はアメリカにでも送り出して、アメリカかどこかで研究してもらおうじゃないか。その方々が残した研究の成果は全部日本のものである。特許だって、何だって、日本が自由に使えるし、ノーベル賞を取ってもらったら、当然それも日本のものである。だって、日本の大学を卒業したのだから。当たり前の話だ。

 コストパフォーマンス最高である。よって、日本は研究なんてとっととやめて、浮いた金はばら撒いちゃえよ。その方がみんなハッピーでしょ。違うかな。

阪大の「湯川推し」は続く

 2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞された本庶佑さんも1979~1984年に大阪大学の教授を務めておられたのだけれど、大阪大学側はほぼスルーである。受賞理由となった本庶さんの研究は大阪大学で生まれたものではないし、京大色が強いから、ということで遠慮しているのだろうか。大阪大学は控えめである。東北大学とは違って。

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本庶さんのノーベル賞受賞講演。私は英語ができないので、「……オーサカ・ユニバーシティー……」しか聞き取れなかったが、司会の人がしっかり言っている。あと、本庶さんの英語がきれいだ。

 世間からの完全無視に負けず、大阪大学は「日本人初のノーベル賞に輝いた湯川博士の『中間子論』は大阪大学で生まれました」と、自慢げでトップページに掲載している。

 湯川先生は偉大な研究者ではあるが、現在は2020年である。きれいさっぱりノーベル賞0個の九州大学よりはましだが、いまだに1949年の湯川先生が大学のトップページをでかでかと飾るというのも、なんだかなぁ~、と私は思ってしまう。1949年頃にサイトを作ったっきり、そのまま更新していないのだろうか。

 論文博士の吉野さんについても、阪大との関係性が弱いということで、「ノーベル賞(1名)湯川秀樹」が大阪大学による公式発表である。ノーベル賞に届きそうで、あと一歩届かない大阪大学では、もうしばらく湯川推しが続きそうだ。

monkuchushin.hatenablog.com

 「そらあ、大阪大学は自分たちに有利なように物事を解釈するわな」と、当記事の内容を信じてくれない人もいるのかもしれないので、ノーベル賞の公式サイトへのリンクも貼り付けておこう。

 「大阪大学はノーベル賞ゼロだ!」なんて、しょうもないことを口にするのは一部の教養ない日本人くらいである。それは恥ずべきことと早く自覚した方がよかろう。